
昨日、大学を卒業したばかりの教え子が教室を訪ねてきてくれました 。
高校生時代からの夢を叶え、春からプロバスケットボール球団での仕事が始まるという、本当に嬉しい報告です 。
今週は三者面談の期間中ですが、その合間を縫って、春からの新生活への期待や、当時の懐かしい思い出話に花を咲かせました 。
思えば、彼と共に走ったのは4年前、世の中が新型コロナウイルスに翻弄されていた真っ只中でした 。
かなりの強豪校でバスケットに打ち込んでいた彼は、入試期間も含め3年の12月まで厳しい練習と試合の日々を送っていました 。
プロ選手として生きていくのは非常に狭き門ですが、「それでも大好きなバスケットに関わって生きていきたい」と熱く語っていたのを今でも鮮明に覚えています 。
そんな彼が3年春から挑戦したのが総合型選抜でした 。
しかし、出願書類の要となる「ボランティア活動」を書こうにも 、コロナ禍で活動の場そのものが奪われていました 。
途方に暮れそうな状況の中、私は彼にこう伝えました。
「ボランティアが無いなら、自分で創りなさい」
私はよく、世の中に無いものを創ります。もう少し正確に言うと、「高校生たちに創らせます」。
もちろん、全て希望のモノ、コトができるわけではありません。
しかし教え子たちはそれを考え、作成する過程で大きく成長します。
そして、件の教え子にも、ボランティアをどうやって作るかを伝授しました。
彼はそのアドバイスを見事に体現し、自ら新しいボランティアを企画・実行してみせたのです 。
ピンチをチャンスに変え、社会で通用する考え方と行動力を身につけた彼は、見事に第一志望の大学への合格を勝ち取りました 。
しかし進学先はスポーツ系の学部ではありません 。
「もしプロスポーツの世界でうまくいかなかった時は、故郷で教員になり、子どもたちにバスケットを教えたい」という第二の夢のため、社会科の教員免許を取得できる学部を選んだのです 。
4年生では故郷で教育実習をこなし、就職活動では、私が総合型選抜の対策で伝授した「ワザ」を存分に発揮して、今回の見事な仕事を手にしてくれました 。
関東以外のチームへの所属となりますが、私の教室がある神奈川にも来る機会があるそうで、「また顔を出します」と笑顔で語ってくれました 。
私は常々、「自分の直接の教え子は“作品”である」と公言しています 。
「人をモノのように言うなんて」と眉をひそめる保護者の方もいらっしゃいます 。
しかし、私はこの主張を絶対に曲げません 。
なぜなら、職人である私にとって“作品”とは、自身の命や家族と同等、あるいはそれ以上に尊く、愛してやまない存在だからです 。
総合型選抜というプロセスを通じて“作品”として作り上げた後も、就職、転職、さらには結婚や離婚といった人生のあらゆる節目をサポートし続けています 。
それはまさに、自ら生み出した作品を生涯愛し続ける芸術家と全く同じ気持ちなのです 。
私の授業を一度でも見てくださった保護者の方々は、毎回の授業に全身全霊を懸ける私の姿から、その想いを必ず納得してくださいます 。
それだけの情熱を注いで合格へ導いた教え子たちが、大学生になっても、社会人になっても連絡をくれ、会いに来てくれること。それが私の唯一の自慢です 。
誰が何と言おうと、私はこれからも自分の教え子=“作品”のために、身を削って指導を続けていきます 。
昨日の彼のように、「先生、夢が叶いました!」という最高の報告が届くこと。それこそが、私にとってどんなものにも代えがたい、一番の特効薬だからです 。